まいてぃのにっき!

絶起、落単、留年

世界の終わり、ケバブ

今日は大学が最終日で、テストは全然解けなかったけど今この瞬間から春休みは始まったんだとおれは胸がときめいていた。テストが終わると皆が廊下にたむろしてカラオケに行くだの焼肉に行くだの、何やら話しているのが聞こえる。おれには友達がいないから一人でその間を縫うように抜けて、少し控えめに伸びをした。テストの解答を脳内で反芻する。CはAに責任を問えるか…問えるだろう、たぶん。もう問題文さえもほとんど覚えちゃいない。だって、もう試験は、大学は終わったのだ。不登校のおれにしてみれば、もう学校に行かなくていいというだけで天国のようなものだった。これと言ってやりたいことがあるわけではないけれど、長期の休みというのは妙にわくわくするものである。

 

そのまま直帰するのも何だか面白くない気がしたので、今日はいつもより余計に寄り道をしながら帰った。おれは元来寄り道が大好きである。一般の人は目もくれない小さな店だとか、草だとか、野良猫だとか、見るのが好きなのだ。べつに見たところで何にもならないし時間の無駄なのはわかっている。おれは普通の人とは違うんだぜ、という自己暗示なのかもしれない。半ば強迫観念のようなもので、おれはこれが日課になっていた。ここだ、ここ。いつもここに野良猫がくるんだ。茶トラの、しっぽがロールケーキみたいに丸まった奴なんだ。お腹が空いたな、あとでコンビニに寄ろう。すると突然電話が鳴り、取ると「学生証を忘れているので取りに来てください」と教務課からだった。邪魔しやがって、とはっきり声に出して呟き、不審者のような顔つきで大学に戻る。教務課なんてどこにあったかな、さっき聞いておけばよかった。もう一年も通っているのに未だに迷ってしまうのはおれの地理感がないのか、それとも大学が広すぎるのか。それにしても人が多かった。ここは4人組の学生で溢れていた。きっと今からボウリングでもするんだろう。あれの何が楽しいのかさっぱりわからないけど、社交的な人間の義務なのかな。玉をコロコロ転がして棒を倒すだけなんてあまりに幼稚すぎる。それなら家に帰ってマックマーフィーでも聴いていた方が得というものだ。

 

なんとか教務課にたどり着いたおれはバカげた本人確認を受け、帰ってきた学生証を睨みつける。視界には鬱病みたいな顔をしたおれしか写らなかった。そう、これは去年撮ったものなのだ。高校を辞めて、社会からはみ出した奴の顔なのだ。まあ今更気にすることもなくそれを財布に仕舞い込み、階段を降りる。最近はどこもエスカレーターが設置されていて、皆突っ立っているだけで別の階に運ばれるのが当たり前になっているが階段とは実にいいものだと思う。足腰にくるのが少し傷だけれど。

 

コンビニに入っても店員はいらっしゃいませを言わなかった。おれが見えていないのだろうか。おれ如きを"いらっしゃった"とは思っていないから言わないのだろうか。まあ誰も存在を求めて働いているわけじゃないから別にいいのだ。気にするな、ロールケーキだ。会計の時にさっき仕舞った去年のおれと目が合う。写真はやはり苦手だ。

 

電車に乗り、乗り換え、別の電車に乗る。機械のように一連をこなした。不登校でも一年通えばさすがに感覚が刻み込まれるというものだ。ホームの自販機でアイスを買い、齧りながら冬風に打たれて帰宅する。散らかった部屋にロールケーキを出し、食べる。ゴミを捨て、洗濯をし、朝の食器を洗う。母は専業主婦だった。毎日これをするだけでそこそこに贅沢な暮らしができるのだろうか、気楽なもんだな。母親のことを考えると気分が悪くなってどうもダメである。今日はせっかくテストが終わった、めでたい日なのだから。一人で外食でもするか。

 

行きつけの、と言ってもチェーンのつけ麺屋さんなのだけれど、店員さんと顔見知りになるほどには通いつめている。いつも通り大を頼む。あつもりで、いや今日はひやもりで。少し奮発して有料トッピングもした。5分ほどで平らげ、スープ割りを啜り、上着を着る。ご馳走様でした、店を出る。

 

家には10分ほど歩かねばならず、この寒さを10分というのはおれには長すぎた。すぐ近くのケバブ屋さんに入り、適当なプレートを頼む。ここでも店員さんに顔を覚えられていて、ジュースをサービスしてくれた。話を聞く限りトルコ人らしいのだが英語が堪能である。店長とはよくわからない言語で話している。トルコ語だろうか。

 

また帰りにコンビニでメロンパンを買い、歩きながら食べた。風が収まっていたのでそれほど寒くなく、難なく家に着き、腰を下ろす。部屋が片付いてるのを確認して、シャワーを浴びた。父親が帰ってきた。明日は何しようか。一人で図書館でも行こう。おやすみ。